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旧・日野医院

明治27年(1894)、今から約123年前に建てられたこの旧日野医院は、全国でも数少ない貴重な文化遺産の疑洋風建築として、平成11年に国指定重要文化財となりました。由布院の街から少しはずれた位置になりますが、インターから車で約5分ぐらいのところにあります。  外から建物だけを撮影しようと思っていましたが、建物の中に入ってみたら、なんとなんと、中の方が面白い!そして、大分弁まるだしの管理人のおじさんの説明がまた面白い。気が付いたら150シーンほど夢中で撮影していました。それだけ、見るものが多かったのです!入場料大人300円だったけど、それ以上の見る価値は充分にありましたね!
     
 
↑建物正面玄関。これが文化遺産なのだー!と、しばし眺める。   ↑玄関に立派な看板があります。この医院の説明や文化財のいきさつなどをを書いた建て看板もありました。
     
 
↑2階の壁には、こて絵がありました。もらったパンフレットを帰ってから見たら、阿吽の龍の彫刻も施されていると書いてありましたけど、気が付きませんでした。   ↑まさに洋風の香りがする趣です。外壁は白漆喰仕上げだそうです。
     
 
↑ここの庭は日野医家第4代日野俊子先生記念公園になっている。パンフレットによると、俊子先生は82歳までこの病院で診療を続け、国際女医学会賞・日本女医学会賞・勲五等宝冠章等を受賞。名誉町民の称号まで贈られたお方です。現在の日野病院院長、日野副之助先生のお母様です。
この庭には、俊子先生の銅像やいくつもの池があります。この庭の池に面白いことが隠されていたことは、あとで説明します。
  ↑庭の撮影が終わったら引き返そうと思いながら、玄関のガラス戸越しに中の様子を見たら、昔の和洋折衷の部屋が見えました。その様子は妙に魅力があり、心動かされて、思わずガラス戸をガラガラと開けてしまいました。
     
 
↑入ったとたん、「いらっしゃい。大人300円です」」と管理人のおじさんに声をかけられました。入り口には難しい文字が並ぶ木製の案内があり、薬の調合器みたいなものが置かれています。
 
 
↑おじさんは大分弁で「あーたがた(あなた方)、これが何かわかるかえ?」とニコニコしながら問いかけてきました。こちらが黙っていると、すぐに説明が始まりました。   ↑これは昔の列車の時間表。「大湯鉄道」とは湯平駅と大分駅を結ぶ鉄道です。大正五年と書いてます。相当古い時間表だ。患者や付き添いの人が利用するために入り口に貼ってるそうです。
     
 
↑診察室。昔の病院の様子が窺がえる。   ↑開院当時からあるガラスケース。立派なものです。
     
 
↑婦人科もあったんだ。   ↑婦人科室にはこういう診療台が置かれている。何だか遠い昔の診療風景がリアルに目に浮かぶようだ。
     
 
↑この診察台も、開院当時のものらしい。   ↑「和魂洋才」うーん、この文を読むと当時の診療風景が思い浮かぶ。「和装の洋医」とは俊子先生のことだろう。
     
 
↑明治27年の、本館建設の様子を写した写真の下にある板を指差しながら、「あーたがた、こん病院の建設代を書いちょるんやけんど、いくらち書いちょるか読めるかえ?」   ↑「210円?」と応えたら、「よー見ちょくれ、違うじゃろ?」と言われました。よく見てもわかりません。明治時代だから210円じゃないの?と思ったけど、おじさんはなかなか応えてくれません。少し間をおいて「にまんえんち書いちょろうが」。なるほど書いてます。
     
 
↑だんだん興に乗ってきたおじさん。次の質問は「この字は誰が書いたかわるかえ?」こちらも少しむっとして、(わかるわけないじゃないのと心の中で思った)すかさずおじさんが、「右上の印は、なんちかいちょるかえ?」………。ギョッ!めいじてんのお~。
 
 
↑おじさんがこの鴨居を一生懸命に説明してくれていましたが、鴨居の美しさに見とれていたので、おじさんの説明は聞きとれませんでした。   ↑障子のガラスの模様が懐かしく感じ、昔、田舎のじいちゃんの家にも、こんなのがあったなーと思いました。
     
 
↑次は、2階に案内されました。見事な螺旋階段です。2階は客間になっていて、いろんな絵や写真が飾ってあり、明治時代にタイムスリップしたような錯覚を覚える豪華な和室です。
 
 
↑畳の上にトラの敷物。豪華です。もったいなくて足を乗せられないよね。   ↑おじさんから次の質問です。「この絵は誰かわかるかえ?」「西郷さん」と即座に応えてしまい、おじさんの反応を見て、あっ、しまった~と思った。またも、明治天皇です。すごいなー。この絵は日野篤三郎(とくさぶろう)さんという人が書いた絵です。この篤三郎さんについてはあとで説明いたします。
     
 
↑おじさんから、科挙の試験答案文で科挙(中国で古くから行われていた高級国家公務員資格認定試験のこと)の説明を受けましたが、どういう関係があるのかよくわかりませんでした。ですからコメントできません。ここに訪れた時、説明を聞いてください。
 
 
↑日野家の歴代の人物の写真や、今ここにいる場所での昔の日野家の家族の記念写真が置いてありました。
 
 
↑これは便所の便器です。中をのぞいてみると、どういうわけか砂が入っている。この便所の下は診察室だから下に落とすわけにいかない。したがって用を済ますとこの砂を捨てて新しい砂にいちいち変えていたらしい。男子用もタンクがありそのタンクに溜まった少便を捨てていたそうです。   ↑さてここで問題。「あーたがたじゃったら、この便所はどちらの方向に座って用をたすかえ?」もちろんキンカクシが前になる様に座ると応えると「そうじゃねえ、反対じゃ。」と言い、説明板を持ってきて「こりゃキンカクシじゃねえんでぇ(ないのです)。ここに着物の裾をのせて用をたすんでぇ」と教えてくれた。
     
 
↑ベランダに出た。おじさんが、前の道は熊本に通じていると説明してくれた。広い庭が見えます。いい眺めです。池がえらくたくさんあります。   ↑ここで、またもおじさんから次の問題が提出された!「俊子先生の像がたっちょるけど、その周りん、いっぱいある池で字を表しちょるが、漢字で一文字、その字はなんじゃろか?」「えーと」庭の池をしげしげと見渡す。「心(こころ)」を表していました。心字池です。この位置からでのアングルでは全部の池が撮れないので、この写真ではわかりづらいですね。
     
 
↑1階に下りてお風呂へ案内してもらいました。。この下駄は何のために?このお風呂は懐かしい五右衛門風呂でした。   ↑昔の五右衛門風呂は大きな鉄鍋の浴槽、そのまま入ると熱くて火傷するので、お湯の上に丸い板が浮かべていました。その板に乗ってジワーとお湯に浸かるのですが、その板がありません。そうです。ここでは、左の写真の下駄を履いてお湯に浸かっていたのです。
     
 
↑そのほか、こんな古い箪笥もありました。この箪笥の取っ手が紐になっているのは何故か?というおじさんの質問がありました。   ↑第二次世界大戦時に鉄や金属などの供出命令で、この箪笥も哀れ、取っ手がこのような紐になったそうです。
     
 
廊下は長く続いています。外の景色がよく見えます。西側には薬草を煎じていた囲炉裏がありました。
 
 
続いて、本館西側にある離れへ行きました。部屋にオンドル(床暖房)が施されていました。朝鮮式床暖房参考図がありました。
 
 
↑本館の説明はここまでです。さっき、ベランダから撮影した、別棟の病棟に案内してもらいます。続きはこちらへ。
 
(おじさんごめんなさい。おじさんがお客に説明する時の質問の答えを教えてしまいました。今後は質問の内容を変えて新しいものにしてくださいね。)
 

<問合せ>
日野病院運営委員会
TEL0977(84)2324 

〒879-5103 大分県由布市湯布院町川西467-4

入館料:大人(高校生以上)…300円/小人(小・中学生)…150円
開館時間:午前10時~午後4時 休館日:毎週火曜日・年末年始