散策コース"一覧

   
■ホテル秀峰館にある足湯からこの散策コースが始まります。   こちらの足湯はもちろん天然温泉で温度49度の単純泉です。20名ほど一度に入れます。肌に気持ちのいい温泉です。   足をお湯に浸けて由布岳をゆっくりと眺められる足湯です。この散策コースを歩き終わったらゆっくり味わって疲れを癒してください

   
■その秀峰館の足湯前の道路を右へ曲がります。スーと長い一本道が通っています。この道は車で通ったことがあると言う方がおられると思います。でも、今日は歩きです。   ちょうど向こうから人力車がやってきました。車夫の方から説明を聞きながらゆったりと風景を楽しんでいます。こういう風景も由布院ならではですね。   すぐに広々とした田園風景が目の前に広がります。山の下にクワージュゆふいんの建物が見えます。

   
広大な田園はすで稲刈りが終わり、土と草の緑色が爽やかです。日常の気持ちのフィルターがパッと晴れて穏かな気分になりますよ。   車でこの道を走らせて通れば見逃した何気ない風景をゆっくりと楽しんで歩きましょう。ほら、道端をよく見ていくと可愛いタンポポが咲いています。   そよ風に丸い綿毛が飛んでいく様子を見ることができますよ。ほほえましいですね。こんな草花を発見しながら田んぼの道をのんびり歩いてください。

   
小川のせせらぎの音や、遠くに聞こえる小鳥のさえずりに耳を澄ましてください。   ゆふいん盆地を取り囲む、なだらかな山々の優しい稜線。子供のころ過ごした、ふるさとの懐かしい風景を思い出しませんか?   さて、後ろを振り返って見ると秀麗な由布岳が微笑むように私たちを見守っています。田園に挟まれた一本道をもうこんなに歩いてきましたよ。

一本道を突き当りまで来ると川があります。山茶花の赤い花びらが川端を彩っています。この川の橋を渡り右へ曲がります。 興禅院というお寺に着きました。ここを寄り道していきましょう。近づくと美しい紅葉が門前に並び、両脇に怖い顔をした仁王が立っています。この寺の開山は室町時代の建徳元年(1370年)で、別府市の鶴見岳の麓、会下(えし)とういう現在は南立石という所に、無著禅師というお坊さんが開いたそうです。 この地に移されたのは文明元年(1469年)で、その後、永い年月の間に、大地震や火災などの災害に見舞われました。大地震ではなんと細川忠興公が再建したそうです。幾度の火災被害でも、その都度再建されて現在に至っています。

また、菊池寛の「恩讐の彼方に」で青の洞門を掘った禅海和尚得度の寺として有名になりました。
寺の境内には様々な石碑や地蔵、塔やお墓がたくさん建っており見ごたえ充分です。ここでは、その一部をご紹介いたしましょう。
上の写真は『船型浮き彫り別石六地蔵』です。6体のお地蔵さんが赤い腹掛けの様な物をかけて並んでいます。これは6つの苦難に満ちた世界から仏菩薩を念ずることで救われるというお地蔵様です。立札に「六地蔵さま」と書かれています。 石碑に梵字(ぼんじ)が刻まれています。カーンといいます。古代インドの文字で仏教上の権威ある象徴として梵字が刻まれているそうです。

禅宗の戒律碑。「不許葷酒入山門」臭い酒を飲んで山門を入ることは許可しないという意味で禅宗の戒律を刻印したものです。 写真左側の像は禅海とお弓の像。そのうしろに釈迦と13人の弟子の像が並んでいます。 ちょっとユーモラスな石像は十六羅漢像。あるとき由布院の「やまびこ」のご主人が撮影したところ写真の像に金粉が写り、その後何人もの人々が撮影したが、金粉が写ることはなかった。ご主人が易の人に見てもらったところ、撮影した人の守り神と言われ大事に保管しているとという実話があります。もちろんこの写真は金粉が写っていませんよ。

キリシタンの墓もあります。明治時代までは神仏習合という流れがあり、その考えから考察すると教会や礼拝堂がこのお寺の中にあったのではないかと言われています。 寺社の山門にある仁王の口は一体が口を開き、もう一体が口を閉じています。これは「阿(あ)」と口を開けて発音し、「吽(うん)」と口を閉じて発音しています。両者が『阿吽の呼吸』のように息を合わせるという意味に由来しているようです。
ところで、この仁王像の手に持っているのは草鞋です。どうして持っているのかは、このお寺を訪れたとき聞いてみてください。
■おっと、夢中になっていたら興禅院に長居してしまいましたね。まだこのコースの5分の1ぐらいしか散策していません。先を急ぎましょう。

川端に山茶花がズラーっと並び、赤く咲き誇っています。 川には青いクレソンが群生しています。この川は形が大変面白く見ていて飽きません。上までズーっと伸びています。 この川を沿ってどんどん山の方角へ歩いていきます。

由布岳はどこにいても私たちを見守っています。 後ろを振り返ると川が下まで降りています。形が様々に変化していて面白いですよ。 ここは少しカーブになります。ゆっくり歩きましょう。紅葉がきれいです。

川が段々になっているので水が滝のようにザーっと音を立てて流れています。 この橋まで登ってくると、この川が鳴子谷川というのがわかります。木のデザインがなかなか風情のある小さな橋です。 地元の人たちが組み立てたであろう高い鉄塔が空へ伸びています。
その鉄塔の間に祠がありました。中にお地蔵さんを祀っています。ここら辺りの水の神様でしょうか。 いよいよ山に着きますよ。この辺は別荘が建ち並んでいます。佇まいを支える石垣が見事です。田舎の情緒が漂っています。 高く伸びた杉木立が迎えてくれます。爽快な気分です。
■よいしょ、よいしょとやや広い台地に登りつきました。見事な樹木の下に祠と石碑があります。
ここは湯山城北側の山の下に当たるところで標高520mです。この辺りの台地は通称「殿屋敷」と呼ばれているそうです。その昔、湯山城主の奴留湯(ぬるゆ)氏の居館があったのではないかと言われています。
また、この殿屋敷の山つきからは豊富な水が湧出しており、その水で下流の村々の320世帯の生活用水を賄っています。そして余り水は、その下の田んぼや池の水にも利用されています。由布院の大切な水源地の一つでもあるのです。 その台地から少し脇道に入って行くと、きれいに散髪された茶畑がありました。あまりにも形良く刈られているので、思わず「男前!}と叫んでしまいました。
茶畑の中に見事な梅の木がありました。初春にはきれいな花をたくさん咲かせることでしょう。 ■さて、ここで一服したところで、ここからは先ほど来た道を少し戻ります。樹木が多く森林浴ができました。 山と平行の道を歩きます。苔むした別荘の石垣を見ながら歩きましょう。絶妙なバランスで石垣を組んでいます。
左が今来た道で、こちらの別荘の玄関の方へ曲がります。急カーブです。 こちらの別荘の前を通らせてもらいます。この別荘の管理人さんに許可をもらえば見事な池の庭を見学することができます。 垣根から垣間見える大きな庭一面が池になっています。大きな錦鯉が何匹も泳いでいて、奥には滝も流れています。この時期、モミジの紅葉がきれいです。
先を急ぎましょう。土の坂道には落ち葉と割れた瓦が敷きつめられていました。この道を上り下りするときに滑らないようにと地元の方の配慮でしょうね。 鬱蒼とした森林に近づいてきました。 だんだんと樹木で囲まれ、薄暗くなってきました。前方に無数に並ぶ孟宗竹の竹林です。とても美しく健やかに伸びる竹のその勢いに気分も高揚してきます。さて、ここを右へ曲がるとすぐに『大杵社』です。
■両側に杉や檜に竹林などの鬱蒼とした林道を歩くと、向こうに小さく鳥居が見えてきました。ようやく大杵社(おおごしゃ)に到着です。 驚いたことに境内には銀杏の葉っぱが落葉し、金色の美しい世界が広がっていました。とてもラッキーです。そしてシーンとした静寂と古い神社の佇まいが素敵な雰囲気を醸し出しています。 大杵社の祭神は農業の神、推根津彦(すいねづひこ)を祭っています。
この神社は、春は新緑が美しく、夏は涼しくて鬱蒼とした林の中から蝉時雨が降り、秋にはこうして美しい紅葉が楽しめます。
ここは天然記念物に指定された大杉があることで有名です。目の前でこの大杉を見上げると、木のてっぺんがどこまであるのかわからないくらい身体が反り返ってしまいます。 社殿の横にある一番の大木は根本周囲が13.3m、胸高周囲は10.9mもあり、高さはなんと38mもあります。根本のほうを見ると太い根っこが社殿の下まで押し寄せてきているようで社殿が少し傾いています。 社殿の両側に大小の祠があり、中に福徳稲荷が祭られています。時代を感じる苔むした祠にリッパなしめ縄が巻かれています。
NHKの朝の連ドラ「風のハルカ」のロケ場所にもなりました。暗闇の中、子どもたちが冒険旅行に出かけるシーンです。この社殿の横をこわごわと走り抜けて子どもたちは出かけて行きました。 社殿の横手にまわると、圧倒するような杉の大木が何本も立っています。昼間でも薄暗く、真夜中には何かお化けが出そうな雰囲気で本当に怖そうです。 社殿の裏側にまわると、横手に先ほど説明した一番の大木の裏側が見られます。
大木の幹には大きな空洞があり、中には畳三枚ほど敷けるスペースがあります。それほどこの杉は大きいということですね。大分県では最も大きな杉で樹齢は千年以上と言われていますが、確かなことは判っていません。 大杵社入り口鳥居の横に万葉和歌が刻まれた歌碑があります。「よしえやし 恋ひじとすれど 木綿間山 越えにし君が 思ほゆらくに」と木綿間山(由布岳)を詠んでいます。この歌の解説は歌碑の前の立札に書いてありますので、ここを訪れたときにお確かめ下さい。 神秘的で静寂な雰囲気につつまれた大杵社をあとにします。この散策コースの半分ほどを歩きました。ここからは山からの下りですから楽ですよ。
どんどん降りてくると広い道になります。県道でうかね。ちょうど夢想園の駐車場あたりです。 そこを右に曲がります。ここでも由布岳が見えます。少し雲がかかってきましたね。車の往来がありますので注意して歩きましょう。 そしてすぐ左へ曲がって行きます。
■少し行くと左手に瀟洒な建物があります。「ギャラリーMune工房」です。入館料は無料ですので少しだけ立ち寄ってみましょう。 こちらは陶芸、木工、ガラス、織物、絵画などを12名のアーティストが1年を通して四季折々の作品を展示する企画展と、オリジナルの作品を展示販売する常設展があります。 気さくでお話し好きなご主人と、芸術談義なども交わすことができ、気軽にゆっくりできるギャラリーです。
ギャラリーをあとにして、ここからは宇奈岐日女神社へ向かって少し長く歩くことになりますが頑張って歩いてみましょう。 突き当りを左へ曲がると、JR久大線の線路があり、赤い列車がサーと通り過ぎていきました。 このあたりは民家が多く建ち並んでいます。昔からの宿泊施設があちこちにあります。
こちらに住まわれている方は家の窓からいつでも由布岳を見ることができます。 井尾百貨店の横に出てきました。こちらは食料品店です。お腹がすいていたらおいしいアンパンなどがオススメです。 その四つ角を横切りどんどん歩きましょう。民家の軒下に干し柿を吊るしています。
雲が多くなって、由布岳がだんだん霞んできました。 向こうに見える山が福万山(ふくまさん)です。このあたりの田んぼではカルガモ農法を取り入れて稲を育てています。 ようやく宇奈岐日女神社(うなぐひめじんじゃ)に着きました。大きな樹木がたくさん見えます。ホッと一息入れましょう。
自転車に乗って由布院散策をするのもいいですね。これから神社を見学ですかね。 辻馬車も停まっていました。ここは辻馬車の運行コースの停車場になっており、乗客はここで降りてお宮参りや見学をしています。 さあ、この鳥居をくぐって神社の中に入ってみましょう。この神社は別名「六所宮」とも言い、地元の方たちは親しみを込めて「六所様」とか「六所さん」などと呼んでいます。
お正月には地元の方たちが初詣の御参りで賑わいます。今日は人もまばらでとても静かです。横手の小川に清らかな湧水が流れているのを見て、社務所から社殿まで長く続く石畳の上を歩いて行きます。 神社は嘉祥2年(849年)に従五位、883年には正五位下を授けられ延喜式(官社帖)に列記された格調高い豊後国内では古い五社の一社で式内社です。 社殿の後ろに聳える樹木は神木と言われ貴重な文化遺産です。台風や落雷による被害で数多く倒木しました。
御神木の大きな切り株が並べられています。これは平成三年秋の台風19号の猛威により倒れた杉の木の切り株です。手前の切り株は幹回りが9mもあります。樹齢600年ほどと推察されています。 簡素で清麗な社殿は湧水が流れる堀に囲まれています。堀には大きな錦鯉が悠々と泳いでいます。
神社の祭神は、明治以降「国常立尊」ほか五柱の神々となり、伝説の由布院盆地を開いた宇奈岐日女の名は消えてしまいました。しかし、御神体は木綿山(由布岳)そのものの山霊神であることから女首長の宇奈岐日女も祀られていたかも知れないということです。
このように、由布院には古来、様々な神話があります。歴史のロマンが神秘的な魅力を感じさせますね。

これで、この散策コースはおしまいです。このあとは、お宿でゆっくり温泉にでも入って疲れを癒してください。今夜は夢の中に宇奈岐日女が現れるかもしれませんね。
(資料提供:由布院在住 土師敬士氏)