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謎の鳥居と佛山寺

  金鱗湖に浮かぶこの鳥居、実は、金鱗湖から約500メートルほど離れた「佛山寺」の鳥居だったそうです。明治時代になって、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)という神仏分離令が制定された折、お寺である佛山寺の鳥居を金鱗湖に移しました。鳥居は神社にだけあるものだと思っていたけど、江戸時代まではお寺にもあったんです。
 
 
金鱗湖の中に鳥居が立っているのはご存知ですよね。どうして、湖の上に立てているんだろうと、いつも不思議に思っていました。あるとき地元の方から、「実は金鱗湖の鳥居は佛山寺の鳥居なんだ」と聞いてビックリ仰天。「何でお寺の鳥居なの?」鳥居のあるお寺なんて始めて聞きました。   佛山寺の鳥居だという証に、鳥居の足に「佛山寺」と彫られていると教えてもらいました。確かめてみようと、この鳥居の後ろにある天祖神社まで行って、神社の裏から金鱗湖の鳥居を見てみました。、
     
 
いくら足元を覗き込んでも、その証が見られないんだけどなあ。ここからは見られない部分に彫られているのかもしれませんね。   鳥居の上の部分にある額に、「佛山寺」と書かれているんでしょうか?ここからは鳥居の前面は見えません。後日、佛山寺の住職さんに確かめてみて、間違いなくこの鳥居は佛山寺にあった鳥居だと納得しました。どちらにしても、この金鱗湖に浮かぶこの鳥居は神秘的な雰囲気を醸し出し、金鱗湖の象徴となっています。
     
 
その、鳥居の後ろ側、陸の上にある天祖神社です。   なるほど、この神社には、本殿の前に立派な鳥居があります。
     
 
謎の鳥居から、500メートルほど離れた場所にある佛山寺。辻馬車の休憩場所にもなっていて、由布院の観光名所の一つになっています。   江戸時代には、この山門の前に鳥居があったのでしょうか?そして、この山門が造られたのはいつ頃なのかなあ?古びた茅葺屋根の山門です。
     
 
近づいてよく見ると、昔の素晴らしい造作が随所に見られます。約1千年前に性空上人が由布岳の山腹に庵を結び観音像を刻し祀ったのが、このお寺の始めとされています。   以来、由布の霊場の本拠地とされてきましたが、慶長の大地震により打撃を被ったため、由布岳の山腹から、約320年前に現在の地に移されたそうです。
     
 
門の下に入ると、古さがさらに感じ取れます。   お寺の庭に入ると、石段に見事な苔がはえていました。
     
 
愛嬌のある石像に、お参りしました。   本堂は、平成6年12月の火災で全焼したそうです。火災の前は、見事な茅葺屋根だったそうです。
     
 
いまでは、茅葺屋根ではなく、このような屋根になって、本堂が無事に復元されました。   秘佛とされる性空上人が刻した由布霊山観音は、この奥にあるのでしょうか?
     
 
観音様は33年に一度御開帳されるそうです。また、毎週日曜日には、誰でも参加できる座禅会もあるようですよ。   静かな趣のある庭には、石の像があちこちに建てられています。
     
 
このお水を飲んでみましたが、冷たくてとても美味しかったです。このお寺のある津江地区は、地下水が美味しいことでも知られています。   寝転がった石像にも、お賽銭をあげてお参りしました。
     
 
裏手に廻ると、大木に火災で焼け焦げた被害の爪あとが残っています。   地元の人から、佛山寺の前の横道を歩いてごらんなさいといわれていたので、横道に行ってみました。
     
 
細く続くこの道は、昔、材木を運ぶ馬車が通っていたそうです。   道の方側に、見事な石垣が続いています。
     
 
すごい、すごい、微妙なバランスで石を組み立てています。素晴らしい!   苔の、生え具合もいいですね。
     
 
静かな由布院らしい田舎の風景が見られる馬車道です。   ぽつんと、道端にお地蔵様もありました。
     
金鱗湖に浮かぶ神秘的な鳥居のことを知ってから、佛山寺に興味を持ちました。佛山寺の歴史を感じる古びた山門や、見事に組み合わされた石垣はとっても素晴らしいです。お寺の横道は、昔ながらの田舎の風景が残っており、とっても素敵な馬車道でした。石垣や鬱蒼とした樹木の間を歩いていたら、昔のゆふいんを垣間見たような気がしました。